momojirou

ヘイト&ピース(^0^)y

タグアーカイブ: 歴史

韓国朝鮮の正しい歴史

「朝鮮人民のために其国の滅亡を賀す」

時事新報社説 1885/08/13

http://blechmusik.xii.jp/d/hirayama/h13/

故に我が輩は朝鮮の滅亡、 其期遠からざるを察して、 一応は政府のために之を弔し、 顧みて其国民の為には之を賀せんと欲する者なり。

上の引用は一番最後のところ。論説のタイトルがついたくだり。

どうも内容が過激すぎて、翌々日15日から1周間発禁処分を受けたようです。

この5ヶ月前に、脱亜論が掲載されてるんですね。「脱亜論」はよく話に聞くけど、この「朝鮮人民のために其国の滅亡を賀す」は知りませんでした。

福澤諭吉「朝鮮人民のために其国の滅亡を賀す」と文明政治の6条件

http://blechmusik.xii.jp/d/hirayama/h27/

第2次世界大戦後しばらくして高まった福澤の再評価に疑念を抱いたいわゆる左翼の研究者たちは、「脱亜論」「朝鮮滅亡論」を取り上げることで侵略的思想家としての福澤への批判を強めた。

もとより福澤がいわゆるブルジョア思想家であることは、立場の左右を問わず全ての研究者によって承認されている。 とはいえそれを越えてアジアへの侵略を唱導した思想家であったかどうかについては現在なおも意見は分かれたままである。

共産思想にとって敵である福沢が評価されることはアカには耐え難いと。

日本では、ブルジョア対プロレタリアの構図は、日本人対日本人に生まれることが出来なかった残念な出自の人=朝鮮人となっている。このことが、ようやく知られて拡散されるようになってきた。情報通信の発達のおかげだすごいよ。

アカは朝鮮人の性格そのまんまだって思うでしょ?何でもかんでも批判するアカ。前の投稿でも引用したけど、自分たちが正しいということがまずあって、それに都合のいい資料だとか解釈だとか付けてくる。すぐ論破されるけどね。旗色悪いと、大声で誤魔化したり、論点すり替えたり、火病起こしたり。間違っていても決して謝らない。ふりをするだけ。朝日新聞が見事にそれを表している。他人には謝罪だ賠償だと大騒ぎだけどね。反日組織の奴らの言動をよく観察してみてよ。どう考えても朝鮮人の思考だよ。この頃は隠さなくなったよね。

アカは、朝鮮人は、日本の敵。日本人の優しさやもてなしの心は、日本人同士でしか通用しないんだよ。敵には優しさは不要、それどころか負ける原因になる。日本人は、優しさお人好しを封印して徹底的に敵を潰さないといけない。

アカの日本人もいるだろうけど、そんな奴らも敵とみなせばいいよね。

「朝鮮人民のために其国の滅亡を賀す」という題名は大いなる皮肉といわなければならない。 その視点はまさに「人民」の立場から、支配層たる「朝鮮人」による政治は文明の名に値しない、と主張したものだからである。

そもそも福澤は、国民が自らの理想に基づいてその時代にもっとも適した政府を組織するなら、いかなる政権交替も国体の変更ではなく、むしろ好ましい改革であるとしていた。 そして逆に外国人による支配は国体の失われた亡国の悲劇であると常に唱えていた。

朝鮮は駄目だ、ここで止めとけばよかったんだよ。遠くから眺めていればよかったのに、支那やロシアや西欧諸国からババ引かされて朝鮮を併合するハメになった。おまけに現在まで尾を引いている。

今の日本での朝鮮人問題の根っこはここだ。全く何てことしてくれた・・・・

朝鮮人の思考パターン

証なき歴史研究

関川: ‥‥先方(韓国人)が実証的歴史事実の積み重ねでは説得されるつもりがないことは認識しておかないといけない。
古田: 日韓歴史共同研究委員会も似てますよ。‥‥日本側の研究者が「資料をご覧になってください」と言うと、韓国側は立ち上がって、「韓国に対する愛情はないのかーっ!」と、怒鳴る。‥‥さらに、「資料をみせてくれ」と言い返すと、「資料はそうだけれど」とブツブツ呟いて、再び「研究者としての良心はあるのかーっ!」と始まるのです。
関川: 歴史の実証的研究では韓国に勝ち目はないでしょう。事実よりも自分の願望というか、「かくあるべき歴史の物語」を優先させるようですから。‥‥
古田: 民族的感情を満足させるストーリーがまずあって、それに都合のいい資料を貼り付けてくるだけなんですね。当然、それ以外の様々な資料を検討していくと、矛盾、欠落、誤読がいっぱい出てくる。
櫻井: それは韓国の大学の歴史研究者ですか。
古田: イエス。これは韓国の伝統的な論争の流儀であり、思考パターンなのですね。李朝時代の両班の儒教論争も、みなこれですから。要するに「自分が正しい」というところからすべてが始まる。実はこの「自分が正しい」という命題が実証不可能なんです。この思想が突出したものが、北朝鮮の主体思想にほかなりません。
櫻井よしこ・関川夏央・古田博司「韓流“自己絶対正義”の心理構造」
(文藝春秋『諸君!』2006年4月号 69~70頁)

愛情はないのかーっ! 良心はあるのかーっ! www

何を言ってるんだかwおまエラには、そんなもの一片足りとも持ち合わせてないわ!!!

 韓国の「民族史学」は実証主義から離れ、「正しい時代精神」というイデオロギーを主張するものである。彼らにとって「実証」とはイデオロギーを証明するための作業にしか過ぎず、これに反する歴史事実はあってはならないこととなる。彼らの「実証」の意味は、われわれが思うところと余りにもかけ離れている。
日本人がこの「民族史学」に実際に接すると違和感の大きさに驚き、さらに韓国人側の自信に満ちた態度に逡巡するだろう。民族主義を追求する韓国の歴史学と、歴史事実を追求する日本の歴史学との違いはあまりにも大きい。これまで多くの日本人は日韓に波風を立ててはならないと敬して遠ざかり、一部の日本人が日韓の友好のために土下座しつつすり寄った。しかし最近は前節のように真っ向からぶつかろうとする人が出てきている。この方向性はさらに促進・拡大してほしいと願う。
ところで韓国の「民族史学」はこれからどこに向かうのか。実証なき「正しい歴史」研究をいつまでも続けていくのだろうか、実証主義的研究が主流になることはないのだろうか、ひょっとしたら実証のないことでは更に抜きん出た北朝鮮の「革命伝統」という歴史に融合していくのだろうか、‥‥‥興味をもつところである。

実証なき歴史研究
http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daikyuujuuichidai

これ読んだら、どう考えても話し合いなんか無理。

付き合わない、相手にしない、関わらない、無視するのが一番いいわ。